フランクルと「共苦」の思想人はなぜ苦悩の中でも他者を助けるのか
杉岡良彦
私たちを「生きる意味」の根源へと駆り立てる
人間の本質を「苦悩する人間」ととらえ、私たちは「生きる意味を人生から問われている」と考えたV. E.フランクル。避けられない苦悩に意味を見出し、それに対する態度を決断すること、と同時に他者の苦悩できる力を信じ、その苦しみの中に意味があると確信し共に苦悩すること──、この勇気によって人間は完全に自分自身となり、他者との社会的なつながりが生まれる。臨床で苦しみを抱える多くの患者に接し、自らの苦悩にも向き合ってきた医師で医学哲学者である著者が、フランクルの思想を通して「生きる意味」と人間存在の深みを問う。
第1章 フランクルが考えたこと──人生からの問いかけに応える
1 フランクルについて──個人的な体験を通じて
2 フランクル思想のエッセンス
1 生きる意味と決断|2 人生から問われている人間|3 実存的空虚とロゴセラピー(実存分析)|4 次元的人間論と精神的次元の特徴|5 科学主義批判とニヒリズム批判|6 病むことのない/破壊されることのない精神的人格|7 死の意味
第2章 生きる意味を科学はどうとらえるか──寿命や心身の健康への影響
1 生きる意味に関わる科学的研究
1 人生の目的と死亡率・心血管疾患|2 人生の目的と死亡率|3 人生の意味/価値が与える心理的社会的行動的影響|4 人生の目的と心血管疾患およびそのメカニズム|5 副次的結果としての健康影響──フランクルからの注意
2 リカバリー(回復)と生きる意味
第3章 生きる意味への進化論の影響──優生思想の視点から
1 進化論の基本的な主張
2 進化論はなぜ重要か──三つの観点から
1 進化論の影響1──キリスト教を中心とする世界観や医学・科学への思想的影響|2 進化論の影響2──社会への影響:社会ダーウィニズムと優生思想|3 進化論の影響3──生きる意味への影響
第4章 生きる意味をめぐる諸問題──生かされている人間への気づき
1 やまゆり園事件
1 事件の概要と問題点|2 事件の背景にある優生思想|3 「生きるに値しない命」とパーソン論
2 安楽死の問題
1 海外で安楽死を選んだ多系統萎縮症の女性|2 安楽死と尊厳死
3 自己決定権と自己決定権批判
1 自己決定権|2 自己決定権批判
4 和田秀樹の主張が受け入れられるのはなぜか
5 内観療法と生かされている人間への気づき
6 「周囲の人に迷惑をかけてまで生きたくはない」──自立神話批判
第5章 共感・共苦への科学的アプローチ──なぜ私たちは他者を助けたいと思うのか
1 共感と向社会的行動
1 共感・共苦と報酬系|2 ボトムアップとトップダウンのメカニズム|3 進化から見た共感と向社会的行動
2 共感・共苦に関する人を対象とした研究
1 共感が風邪症状の改善に影響を与える|2 病院チャプレンの共苦が患者のうつ症状を軽減する|3 専門職の共感/共苦とトップダウンのメカニズム
3 社会的痛みと孤独
1 孤独と孤立の違いと「社会的痛み」|2 孤独と脳|3 孤独と死亡率
4 孤独と共苦
第6章 苦悩する人間──苦難に対して私たちはどんな態度をとるのか
1 「態度価値」と苦悩する人間
2 根源的な人間観としての「苦悩する人間」
3 苦しみのキリスト教的意味
4 ダライ・ラマによる苦悩の解釈と代理苦という思想
第7章 共苦する人間──他者の苦しみに向き合う
1 共苦する人間とは
1 苦悩する人間から共苦する人間へ|2 病む人の苦しみに向き合い、手を差し伸べる──V・V・ヴァイツゼカー|3 ダライ・ラマによる「共苦の思想」
2 共感する人間と共苦する人間の違い
3 共生社会と共苦社会──無関心な棲み分け批判
4 呼び覚まされる人間性
5 共苦の三つの意味と医療者の原点としての共苦
6 安楽死問題への応答
7 やまゆり園事件への反論と人格の問題
第8章 共苦する勇気へ──苦悩する人とともに歩むために
1 ある患者さんのこと
2 共苦する勇気
著者について
1966年生まれ。1990年、京都大学農学部(農学原論講座)卒業。1998年、京都府立医科大学卒業。精神神経科研修医を経て、2004年、東海大学大学院医学研究科博士課程修了。旭川医科大学医学科健康科学講座(現、社会医学講座)講師を経て、2017年から上野病院勤務。2024年より京都府立医科大学大学院医学生命倫理学准教授。医師、博士(医学)、精神保健指定医。著書に、『哲学としての医学概論─方法論・人間観・スピリチュアリティ』(春秋社、2014年。2015年日本医学哲学倫理学会学会賞、湯浅泰雄著作賞)、『医学とはどのような学問か─医学概論・医学哲学講義』(春秋社、2019年)、『共苦する人間─医学哲学から宗教と医学を考える』(春秋社、2023年。湯浅泰雄著作賞)。共著『脳科学は宗教を解明できるか─脳科学が迫る宗教体験の謎』(春秋社、2012年)など。

フランクルと「共苦」の思想 人はなぜ苦悩の中でも他者を助けるのか
杉岡良彦
装丁:小川恵子(瀬戸内デザイン)
2025年6月10日・刊 定価:2,000円+税 224ページ ISBN: 978-4-909753-22-9 並製 四六判